2007年3月12日月曜日

まだまだ続くよ激痛は…

足を拘束していた器具と尿道カテーテルを撤去してもらうと、ようやく少し身体を動かせるようになりました。
でも、腕には点滴が刺さっていて、移動の際は点滴をつり下げているキャスター付きの支柱を転がして行くよう看護婦さんに言われました。

酸素マスクのせいなのか、やたらとノドが渇きます。なので用意していたペットボトルのお茶をちびちび飲んでいると、当然、次はトイレに行きたくなります。

頭を動かすと鈍痛がするし、脇の下あたりは引き攣れた感じで痛いし、動きたくはないけれど、尿意は止まってくれません。
看護婦さんを呼んで尿瓶を使う・・・のは絶対嫌!…なので、我慢の限界に達するとトイレに行くことを覚悟しますた。。。

上半身を起こし、次にベッドの下へ足を降ろしてスリッパを履くと、点滴つり下げキャスターにすがるようにしてゆっくりとトイレに向かいます。
わりとスムーズにトイレに到着・・・立ったままするのは辛そうなので個室へと入り、パンツ代わりのT字帯と手術着のゆかたをまくり上げると、痛いのを我慢しつつ恐る恐る便座に座ります。

しかーし、なかなか放尿できません・・・なんか痛そー!いや、絶対痛いよコレ…!確信する…!

座ったまま尿意と戦うこと数分・・・意を決して呼吸を整えると、下腹部に力を入れて力みつつ、すこーしづつ放尿を開始・・・う゛ぇ!あう゛ぇ!おぉぅうぇう゛ぇぅえぇぃ痛ってーぇぇぇ…!・・・半泣きになりながら、通常の十倍以上の時間をかけて、ようやく用を足しますた・・・。
拷問…だよね、コレ…???

2007年3月11日日曜日

手術後の朝は激痛の目覚め

朝~!
いつの間にか夜が明けて、看護婦さんたちのシフトが変わっていました。

昨夜の看護婦さんとは別の方が「おはよう」の挨拶と共にやってきて、両足にセットされていた機械を取ってくださいまして、すこーし身体が楽になりました。
なんでもその機械は、空気圧で両足を定期的に締め付けてエコノミークラス症候群を予防するための装置なんだそうです。
なるほど、あのシュコーシュコーというベイダー卿の呼吸音は、この装置の送り出すエアーの音だったと・・・そんな会話をしつつ、成り行きでいつの間にか下半身が露わにされています。

「ちょっとゴメンねー」と言いつつ看護婦さん…ちょwどこをさわってw…とその瞬間、

qあwせdrftyg!!!ちょー痛えぇぇぇーーー!!!

まさしく悶絶…!痛すぎて声も出ません。
いえ、きっと悲鳴とゆーか変な奇声をあげていたと思いますが、息も出来ない激痛に身体を貫かれ、身体を海老反らせて耐えるしかありませんでした。

ようやくハァハァと息をついていると、一通り処置を終えた看護婦さんは「痛かったでしょー?ゴメンねー。でも、コレ、一瞬でやらないともっと痛いことになるから許してねー」と言い残して去っていかれました。
・・・そーです、手術中から昨夜にかけての尿を処理していた、“尿道カテーテル”の撤去作業なのですた。。。

もー、この痛みだけは2度とゴメンです。
…あ、でも、数年後には電池交換の手術が・・・いーーやーーぁぁぁーー!!!

2007年3月10日土曜日

手術後の夜は… その2

脳外科病棟で一番美人の白衣の天使さまは、記憶しているだけで5回は来てくれたと思います。
その都度、名前をフルネームで尋ねられ、生年月日、住所を訊かれますた。
でもって、両手を上に挙げてグーパーしろとか、天使さまの手を強く握れとか、足を上に挙げろとか、体と意識の状態をチェックされ、痛みを訴えると座薬の鎮痛剤を入れてくれたり(アーッ!)、水を飲ませてくれたりと、お世話をしていただきますた。 ありがたや、ありがたや・・・。
あんな状態じゃなかったら、きっとトキメイタと思われ…悔やまれます。。。
(あーもったいねー!)

2007年3月9日金曜日

手術後の夜は…

うーん、うーん…暗いよ~狭いよ~苦しいよ~…!!
(思い出したくもないので更新を忘れてますた)

別に怖くはなかったですがw、タダひたすら狭くて苦しいぃぃぃ・・・
体が動かねー!なんか固定されてるー!ってか酸素マスクが邪魔…!苦しい…!
しゅこー!しゅこー!と、ダースベイダー卿の呼吸音が聞こえてくるよー!何これ?
足が…何かに…ベイダー卿の呼吸音のリズムで、もにょもにょしたモノに締め付けられてるぅぅ・・・

誰かボスケテ・・・朦朧とする意識の中、ふと横を見ると、そこには白い人影が!?
で、出た!?…それともお迎えか?!?まーそれでもいいから…何でもいいから…お助け~!!

そして、その白い影は涼やかな、やさしい声で言いました。
「お名前をフルネームで言ってください」

へ…、尋問…??とりあえず答えます。
「はい。では生年月日を言ってください」・・・えー…もちろん答えましょう・・・。
「ご住所は?」・・・ええ、答えますとも天使さま!
「お熱は○×度ですね。大丈夫です。痛いですか?」…はい!痛くて苦しいです!

「じゃあ、鎮痛剤を入れますね(ハート)」・・・アレ?あの世からのお迎えじゃないの…??
!あっ!そんな…ナニを捲って足を持ち上げて露わになったアソコに・・・あーっっ!
・・・って、看護婦さんでしたかアナタは・・・

「はい、これで大丈夫ですよー。また来ますね。酸素マスクは外さないでちゃんと着けてくださいね」
…でも、苦しいんですけどコレ。
問答無用でマスクを固定して去っていく看護婦のおねーさん。。。

この夜、2度も座薬の鎮痛剤を入れてくださったアナタは、この病棟で一番の美人さんでしたね。。。
嗚呼、オレの入院生活は…オワタ\(^o^)/

2007年3月8日木曜日

レッツ! DBS手術~!アヒャヒャヒャヒャ ヘ(゚∀゚ヘ)(ノ゚∀゚)ノ ヒャヒャヒャヒャ

いよいよDBS(脳深部刺激)手術です。
当日はわりと普通に起床、洗面等を終えてベッドに戻るも水も飲めないので悶々とお呼びが掛かるのを待ちます。

ついに午前8時15分、ストレッチャーに乗せられオペ室へGO!大勢のスタッフさんに迎えられ、わりと和やかな雰囲気の中で準備は進み、最初の麻酔が右耳の奥にブスリ!と入れられます。

痛えー!と心の中で絶叫。終わったと思ったら続いて左耳奥にも第2弾が!気づいたら、いつの間にか鎮静剤入りの点滴が左腕に打たれていて、少し気分が楽になったかなーと思ったのも束の間、今度は頭の周囲4カ所に次々に麻酔が打たれます。
アダダ!アダダ!と呻いていると、さりげなーく!?金属棒が両耳にギリギリと押し込まれ、それを支柱に格子状の鉄仮面が両側から嵌め込まれました。

うは!まるで死刑囚じゃね?!…と思っていると、麻酔を打った4カ所に向けて金属棒を差し込まれ、ギリリ!と完全に固定されます。この後、耳の棒は抜かれました。
まるで屠殺前の牛か豚のような状況に、鎮静剤の増量プリーズ!と願い出て、気分が落ち着いたところで脳内3次元マップを作るためMRIへGO!

おぃおぃ!この鉄仮面つけたままMRIやって大丈夫なんかい?と思ったものの、質問する気力もすでになく、なすがままMRIで一眠りした後、再びオペ室へ・・・。

さて、先生方は私の視界の外にあるモニタを見ながら打ち合わせしています。それが終わるとおもむろに頭頂2カ所に印がつけられ、続いて麻酔が打ち込まれます。そのころ私は鎮静剤が程良く効いて、イー感じにラリってます。実にE気分!もはや痛みは感じません。
…と、突然!頭頂に衝撃が!!!ギャリギャリギャリ!と怪しい音が響きます。

ドリル?!キタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━ !!

※かるーく意識が飛んだものの、先生方に話しかけられ、意識を失うことを許してくれません。にこやかに話しかける先生方が地獄の悪鬼に見えてきます。
くぁwせdrftygふじこ!!!
…もはや言葉や思考になりません。 ひたすら耐えます。耐えています。
いつの間にかギャリギャリギャリが終わっていて、その次に覚えている言葉が・・・「はーい、電極入れるからねー」

電極!!キタ━━━━━━(°∀°)━━━━━━ !!

(※に戻って繰り返し。実際には左脳右脳で2セットありましたw)

ふじこっていると、先生方が良い位置に入った云々と話しているのが聞こえてきました。
(やっと終わりか!?)
早く終わってくれー!の祈りはまだ聞き届けられません。
電圧の負荷テストの始まりです。「異常を感じたら教えてくださいねー」との悪夢のような言葉に続き、電圧がゆっくり読み上げられていきます。1ボルト、2ボルト・・・6ボルトを超えたあたりから明らかな異常が!見えます!Xmasツリーのような鮮やかな輝きがキラキラと瞬いています!!

これがニュータイプ…!?などと一瞬自分のおかれている状況を忘れかけたものの、8ボルトあたりでロレツが回らなくなってきて、そこで負荷テスト終了。この時点ですでに午後1時を過ぎていました。次はいよいよ全身麻酔によるコントローラの埋め込みとケーブリングです。
「じゃあ、鎮静剤の量を増やすから眠くなったら寝ていいからねー」との声を最後にぷっつりと意識が途絶えました。

ここからはお楽しみの臨死体験が!・・・の期待は思いっきり裏切られ、目が覚めたのはオペ室から移動前のストレッチャーの上でした。
終わるの早っ!!との思いは猛烈な吐き気に打ち消され、しばし悶絶。。。
しかし、吐くものは何もなく、吐き気が落ち着いたところで移動開始。病室に戻って後処置が終わったのは午後7時を過ぎていたそうです。
弟と家内が来ていたのは理解できたのですが、激しく悶絶中につき話をするどころではありませんでした。
そしてこのまま、朝まで苦痛に悶えつつベッドの上をのたうつのでありました・・・。

2007年3月7日水曜日

手術前日のこと

さて、手術には家族の同意が必要とゆーことで、前日の夕方、同意書に署名してもらうため家内と弟に来てもらいました。
病棟のナースセンターで片山教授から直接説明を受けます。
脳の模型や写真、実際に脳深部に埋め込む器具やら何やらを見せられつつ、実に詳細な説明でした。
そのリアルな内容に家内が泣き出し、軽く修羅場が発生w
お陰でこちらは逆に冷静になれてラッキー!?
説明が終わると、すぐに家内と弟に別れを告げ(おいおい、帰るの早いってば!)、最後?になるかもしれない夕食を済ませて、間を置かずに看護師さんの手で剃髪開始です。
電動バリカンで一気にばっさりやられますた。さわるとゾリゾリしてて気持ち悪っ!
そのまま30分の短い入浴で今生のアカを洗い流し、歯磨きを済ませるとすぐに絶食タイムに突入!で、そのまま消灯時間に。。。
なんか、あっという間で明日は手術という実感がまるで湧かず、不思議な気分でベッドに入ります。
恐怖の前夜は…、さすがに入院以来あまり寝れなかったのが幸いしてか、何故かぐっすり寝れましたw

2007年3月3日土曜日

そもそもDBSって何よ?

DBS(Deep Brain Stimulation=脳深部刺激療法)
要は脳の奥に電極を差し込んで、電気パルスで刺激して治療しましょう・・・って荒療治です。
もちろん手術して電極を入れますよ。
ええ、頭の中に・・・。

あー、思い出して寒気がしてきた・・・
だって、意識がある状態での手術ですから・・・
局部麻酔はするけどねー。でもその注射が痛いのなんのって・・・
あ、マジで気分が悪くなってきたのでまた今度。。。

2007年3月2日金曜日

たけしの本当は怖い家庭の医学

2007/11/13の放送で、スーパードクターとして片山教授が出演され(といっても自分は見られなかったのですが…)、パーキンソン病の治療としてDBS(Deep Brain Stimulation=脳深部刺激療法)が紹介されました。
お懐かしい・・・その節は大変お世話になりました。m(_ _)m
この放送で、きっとまた忙しくなられるのでしょうね。
私はこの病院と先生のことを2005/11/5放送の「NHKスペシャル 立花隆 サイボーグ技術が人類を変える」で知ったけど、その時はまさか自分がこの手術を受けるとは思わなかったもんなー。
人生、先のことは分からないもんだ。。。

2007年3月1日木曜日

ジストニア

手術日を基準に日付を変更しますた。
(入院日は確か2007/03/01・・・)

ほとんどの人は聞いたことない病名ですよね。
パーキンソン病の方がメジャーでせう。著名人もパーキンソン病の人がいるしねー。
でも、似たような病気です。たぶん。。。
だって入院したらどちらも同じ病棟ですもん。
原因は脳ミソの中にあるわけで、昔は神経内科に通いました。
いまは脳神経外科の扱いです。。。ええ、エグイ手術をしましたとも!
その結果、脳内電極男の誕生な訳です。
忘れないうちに何かに書いておこうと思いました。
気が向いた時に、思い出しながら書いていこうと思います。
まぁ書き出しはこんなものでしょうか?
続けばいいなー。